生徒たちの卒業課題は、10年後の自分をテーマに小説を書くことです。
「記念に1冊の本にしよう」ということになり、冊子ができました。
1篇ずつ紹介していきます。感想をお聞かせください。
2020年○月×日、人類は色々な発展を告げた。
10年前に大きな問題となっていた政治や経済などは今や過去に過ぎない。
そして、進化した新しい生活に、何も不便を感じない世界となった。
・・ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・(目覚ましが鳴っている・・)
目覚ましの音で目が覚め、時計を手にとって見ると、2020年×月△日午前8時過ぎ・・ってとこだろうか。寝起きで時刻はハッキリと見えない。
「・・・ ・・・!? やば、遅刻!」と言って急いで支度をする。
主人公の名前は清水刹那(しみずせつな)。現在、一人暮らしで、今はとある出版会社に就職し、今は充実した生活を送っている。
クローゼットから服を探していると、高校時代に着てた制服が出てきた。
手に取って、ふっと「もう10年も経つのか・・・」とつぶやいた。ちょうど10年前、岩谷学園を卒業した。高校の時の私は言うと、いつもふてくされていた。毎日が面倒で学校をサボろうかと考えるくらい・・・。
少し、10年前の私を思い出しながら支度を済まし、会社へと出勤する。
2010年4月、私は高校3年生になった。クラスの雰囲気は2年生の時と変わらず、担任も去年と同様。始業式が終わってHRの時間。何を話すかと思えば進路や卒業の話ばかり。この話は面談の時も聞かされ、もううんざり。だけど、何故か自然に耳が傾く。自分の心の中では(今は夢と希望はないけれど、少しずつ頑張ろう)と少し思っていた、かもしれない。
夏になると私は進路活動に集中した。通常ならショッピングに出かけたり、友達と遊びに行ったりするのだが、それを一切やめて、今は受験の事だけを考えることにした。夏休みを全部削ってでも自分の進路の為に・・・。
真夏、気温は30度を超えている。この暑い中、私はある大学に行った。
今日は面接本番。控え室で待っていると私の名前が呼ばれた。緊張が高ぶる中、面接が始まり、次第に冷や汗まで出てくる。面接が始まって30分以上経ち、終わった安心感と共に肩の荷が下りた。
しばらく日が経つと、大学から内定通知が届いた。中を確認して書いてある事を読み終えると、"勝ち誇り"の笑みを浮かべ、次の試験の準備をする事にした。
秋を通り越すかと思うほど気温が下がり、季節は冬となった。この冬はある特別な思いを寄せていた。そう、私にとって大事な大学の試験日。
面接の時に比べて緊張はしなかった。面接より試験の方が、自信があるからだ。自信があるから当然結果も・・・そう思って試験に臨んだ。
試験が終わって何日経ったのかは覚えていないが、確か学校が休みの日、土曜か日曜の朝だった気がする。大きい封筒が速達で届いた。封筒の表には小さく「合格通知在中」と書いてあった。だけど中身は開けず、念のため、あて先を確認する。確認する理由は、私の家はたまにあて先を間違えられる。それでいつも郵便局の人にお世話になるのがしょっちゅう・・・。(・・大丈夫、私の名前がちゃんと書いてある・・・!)自分のあて先だと確信した途端、私の気持ちは一気に花が開花したかと思うほど気持ちが舞い上がった。そして中身をよく見て入学手続きに取り掛かった。
大学に合格し、入学も決まり、高校の卒業も決まった。
(だけどまだ、何かが足りない。何だろう・・・?)
(そうか、高校生活の思い出だ。)
面倒で適当に高校生活を送っていた私は今更だけど、後悔し始めた。いや、残りが少ない分、高校生活を十分に楽しめばいい。皆と遊んで、思い出を作って、最後は皆で卒業。そして4月からは新しい生活と出会いが来る。
あれから、10年が経ち、高校生活で私は大きく変わった、と思う。
2018年8月、高校を卒業して、はや10年が過ぎた。時が過ぎるのは早いものである。ふと目の前にあった修学旅行の写真を眺め、笑ってしまった。
これは大学卒業後の話である。私はとある企業に入社した。この会社には輸入品の取り扱いやコンサルティングなど幅広い事業がある。入社後は東京本社に勤務し、日中は営業で夜は接待か残業。家に着くのは、いつも0時を過ぎていた。
「こんな生活はいつまで続くのだろうか」と、悩みながらも生き甲斐にも感じられた。昔から体は強くないが今のところ皆勤である。社会人として当たり前のこ
とだが、なんせ高校時代、肺に穴が空いたぐらいである体だったから・・。修学旅行からの帰りの飛行機、気圧差でうなっていたことを思い出すと面白おかしく
思える。今はすっかり完治している。
入社後2年目は、郊外の支店へ異動になった。思ってもいない異動であった。そこでは、環境対策のコンサルティング業務を任せられた。昔から環境に関する 仕事をやることが夢であったので念願とも言える。来年には、海外への転勤を希望している。現在は、海外へ行くためのTOEFLの試験をクリア出来るよう毎 朝、出勤前に勉強している。新たな地でも、環境配慮に関しての教育やそれに関連した事業をやることとなっている。不安もあるが、楽しみである。そして、今 に至る。仕事の面ではとても順調である。
では、私生活はというと。最近、社宅を出て、郊外のマンションを借り、同時に犬を飼うことにした。マンションは、必要最低限なものが備わっているだけで ごくごく地味なものである。最近のマイブームは、誕生日に貰ったエスプレッソメーカーでコーヒーを作ることであり、暇があれば、コーヒーセミナーにでも 行ってみたいと思う。28歳にもなると、私の周りのほとんどが結婚をし、家庭を持っている。今年の4月の休暇、実家に帰ると、両親にこう言われた。「結婚 は、もうそろそろ?」と。昔は「勉強しなさい」が今はこれか・・と思った。自分が情けないなとは思うがどうしようもない。誰か相手がいないものであろう か。この年でありながら頑固で几帳面な性格だから・・・。仕事柄こうなってしまったというのもあるが、父の遺伝が大きいだろう。こんな生活を3年ほど送っ ているので、皮肉なことだが家にいるより会社で仲間と仕事をしている方がずっと幸せである。実家に帰ったときには、両親に、車をプレゼントした。ハイブ リッドカーというものだ。燃料は水。水で走るというのだから経済的である。また、税金も免除される。最近では、ハイブリッド製品を持っていれば持っている ほど、減税される。非常にエコな世の中である。このプレゼントしたハイブリッドカーだが、メーカーが親しい取引先であったので、安く買えるとのことであっ たので、この車を選んだ。また、特典として、運転を代行してくれるロボットまでつけてくれた。では、私の車はというと、エコでも何でもない古い車に乗って いる。こんな感じで私のマンションより、実家の方がずっとモノが充実している。また、両親は、毎年、長期に渡ってハワイへ旅行に行っている。祖父母が、 10年前していたことと全く同じことをしているのである。不思議なものだ。 「・・・・。」
と物思いにふけっていると、電話が鳴った。受話器を取ると高校時代の友人であった。そこで明日、高校時代の友人たちと同窓会があり、その翌日は旅行に行 くことをふと思い出した。同窓会には、「茅ヶ崎の先生」と「豊岡の先生」も来るらしい。電話の内容は、その同窓会についての最終確認であった。それにして も10年ぶりに会うとなるとちょっと楽しみである。そういえば、1週間程前、NHKで兵庫の「コウノトリ特集」が放映された時、コウノトリと共に豊岡の先 生がテレビに出ていた。番組の内容は、プロジェクトXの様な感じで、コウノトリを1万羽に増やすという内容であり、深夜2時に放送していた。放映時間が遅 いだけに知っている人は少ないだろう。視聴率はどのくらいだったのかと気になったりもした。シリーズで3回放送されるはずだったが、1回しか放送されな かった。当然、明日は自慢するだろうなあ。茅ヶ崎の先生はというと、友人の話だが茅ヶ崎ではすっかり有名人となっているらしい。何で有名なのかは知らない が。とにかく、明日は楽しみだ。
翌日、目が覚めると10時であった。いつもより4時間も遅いが休日なのでのんびりできる。「さて、行くとするか」独り言を言いながら、同窓会へ向かった。
同窓会の会場は、品川のロイヤルパークホテルで高校時代の友人がそこで働いている。会場に着いたのは、13時でほとんどが集まっていた。同級生全員、来 るらしい。そこで、仕事の話など様々な話をした。ある人は、コンピューターのエンジニアになり、ある人は、電車の運転手になり・・語っている姿はみな顔が 生き生きとしていた。高校卒業の時、「10年後の私」というものを書いたが、全員と言っていいほどその書いた内容が叶うか、それ以上のことが実現してい た。私はというと・・・十分満足である。
同窓会が終わると、数人で近くの飲み屋に飲みに行った。飲み屋では、友人が飲むわ飲むわで、私まで飲まされ、3時間ほど経つと寝てしまった。気がついた ときには、家にいた。たぶん、送ってくれたのだろう。時間は2時であった。なんだか終わり方が呆気なかったが、楽しい1日であった。テレビを付けると NHKでコウノトリ特集終了のお詫びが流れていた。思わず、笑ってしまった。今、コウノトリは都会でも見られるようになり、都会もまた、森がたくさんで き、多摩の方はすっかり山となっている。田舎の方は10年前の何倍も畑が増え、山だったところも拓けている。今も地球は、温暖化で危機的な状況にある。日 本は、かなり改善されたがアメリカや中国はまだまだである。明日はそのアメリカへの旅行である。旅行先はハワイとニューヨークである。今、ニューヨークは 環境が悪化し、低層な建物しかない。昔のウォール街の姿は全くなく、合衆国で唯一、環境に配慮した街らしい。そのほとんどの環境技術は、日本であるという ことは上司から聞いていた。
こんな人生を今、私は送っている。今まで様々なことがあったが、今は至って満足である。また、過去の私へ何か言うことが出来るとしたら「努力をすれば必 ず報われる」ということである。また、逆も言える。過去の首相がこんな言葉を残した。「人生いろいろ」「まさかの坂がある」この言葉通りだと感じる。良い 意味でも、悪い意味でも。
過去の「10年後の私」をアーカイブから読むことができます。